笑ったり、泣いたり、わくわくしたり、緊張したり。
人が感じる気持ちは、世界のどこにいても変わらないのかもしれません。
ところが、その気持ちを「言葉」にしてみると、文化や言語によって少しずつ違った表現が現れます。
同じ気持ち、違う言葉
たとえば英語では、緊張したり興奮したりしているときに、
“My heart is racing.”
「心臓が走っている」というような表現をすることがあります。
一方、日本語なら、
「ドキドキする」
と言うことがあります。
どちらも、興奮や緊張で胸が高鳴る同じような感覚を表しています。
でも、片方は心臓が「走る」と表現し、もう片方は「ドキドキ」という音や感覚で表現する。
同じ気持ちなのに、言葉にした瞬間、少し違った景色が見えてくるようです。

言葉が違うと世界の見え方も違う?
ある言語では、ひとつの感覚をいくつかの言葉を使って説明します。
別の言語では、それを短いひとことにしてしまうことがあります。
日本語では特に、「ドキドキ」「わくわく」「もやもや」のようなオノマトペを使って、気持ちや動きを感覚的に表現することがよくあります。
普段は何気なく使っているこうした表現も、ほかの言語と比べてみると、急に少し不思議なものに見えてきます。
言葉を比べることは、その言葉の向こうにある文化や人々が、世界をどのように感じているのかをのぞいてみることでもあるのかもしれません。
違う言葉からいつもの気持ちを眺めてみる

言葉を比べるのは、どちらの言語が優れているかを決めるためではありません。
むしろ面白いのは、同じような気持ちや体験を、人々がそれぞれ少し違った方法で言葉にする点です。
自分にとっては当たり前だった感覚も、別の言語の表現を知ることで、違う角度から感じられることがあります。
そして反対に、外国語を知ることで今まで何気なく使っていた日本語の面白さに気づくこともあります。
いつも知っているはずの気持ちを、知らなかった方向からもう一度眺めてみる。
それも、言葉を学ぶ楽しさのひとつなのかもしれません。



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