漫画を読んでいると、ときどき大きな文字で現れる、
「どん!」
何かが落ちたとき。
何かがぶつかったとき。
花火が打ち上がったとき。
そんな場面なら、「どん!」という音がするのも理解できます。
でも、漫画の「どん!」をよく見てみると、ちょっと不思議なことに気づきます。
主人公が堂々と登場する。
どーん!
重要な人物の正体が明かされる。
どーん!
ものすごいものが目の前に現れる。
どん!
……よく考えてみると、何の音なのでしょう?
音が鳴っていないのに「どん!」
現実の世界なら、その瞬間には何の音もしていないかもしれません。
それなのに漫画の中に「どーん!」などと書かれていると、私たちはそれほど不思議に感じません。
むしろその人物がただ立っているだけなのに、急に存在感が増したように感じたりします。

場面が一瞬止まったように感じることもあります。
「ここを見て」と、視線を向けられているように感じることもあります。
つまり漫画の「どん!」は、いつの間にか実際の音を表すだけではなくなっているようなのです。
「どん!」が作っているもの
では、音ではない「どん!」は何を表しているのでしょう?
存在感。
重量感。
驚き。
場面の区切り。
あるいは、「今、この瞬間に注目してほしい」という合図。

たった二文字の「どん」が、漫画の中ではいろいろな役割を担っているように見えます。
そう考えると、「どん!」は単なる音の文字ではなく、漫画の演出そのものの一部になっているのかもしれません。
英語にすると、さらに不思議が見えてくる
この「どん!」を英語の漫画にすると、面白いことが起こる場合があります。
場面によっては、英訳で “Ta-da!” のような表現に置き換えられることがあるのです。
もちろん、“Ta-da!” は「どん!」という音の英訳ではありません。
それでも、何かが華々しく登場したり、「ほら!」と見せたりする場面なら、似たような効果を読者に与えることがあります。
ここで少し面白いことが見えてきます。
翻訳されているのは、「どん!」という音そのものではなく、その「どん!」を見たときに読者が感じるものなのかもしれません。
オノマトペは「音」を超えていく?
オノマトペというと、私たちはまず音を思い浮かべます。
犬が「ワンワン」と鳴く。
雨が「ザーザー」と降る。
物が「どん!」と落ちる。
けれど日本語のオノマトペを眺めていると、実際には聞こえないものまで表現していることに気づきます。
「きらきら」は光。
「もやもや」は気持ち。
そして漫画の「どん!」は、もしかすると「存在感」や「場面のインパクト」まで表現している。
音から生まれた言葉が、音のないものまで表すようになる。
そう考えると、日本語のオノマトペは思っている以上に自由な表現なのかもしれません。
いつもの「どん!」を、もう一度見てみる
次に漫画の中で「どん!」とか「どーん!」を見つけたら、ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
その場面で、本当に何か音が鳴っているでしょうか?
もし何も鳴っていないとしたら、その「どん!」は何を伝えているのでしょう?
存在感なのか。
驚きなのか。
それとも、「ここを見て」という漫画からの小さな合図なのか。
いつも何気なく読んでいる二文字の中にも、日本語の面白さが隠れているのかもしれません。



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