夜が白々と明ける。
ごく自然な日本語です。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみます。
「白」って、色ですよね?
それなのに「白々と明ける」と聞くと、私たちは空が白っぽくなっていることだけを想像するわけではありません。
まだ太陽は昇っていない。
でも、長かった夜の暗さが少しずつ薄れている。
そして、もうすぐ朝がやってくる。
「白々」という色のような言葉から、なぜか時間の流れまで見えてきます。
「白」なのに、朝が見える
「白い空」と言えば、まず思い浮かぶのは色です。
でも、
「空が白々と明けてきた」
と言われると、感じ方が少し変わります。
真っ暗だった空が、少しずつ淡くなっていく。
夜の向こうから、朝の光が静かに広がってくる。
そこには「白」という色だけではなく、暗闇から明るさへ移っていく変化があります。
そして、その変化が「今は夜明けなのだ」という時間まで教えてくれるのです。

色が時間を連れてくる
考えてみれば、私たちは時計を見なくても光の変化から時間を感じています。
朝の淡い光。
昼のまぶしい光。
夕暮れの赤い空。
そして、夜の暗さ。
色や光は、もともと時間と深く結びついています。
そして「白々と明ける」という表現では、そのつながりがひとつの短い言葉の中に収まっています。
「白々」と聞くだけで、静かに夜が終わり、朝へ向かっている景色が浮かぶ。
色を表していたはずの言葉が、いつの間にか時間の変化まで運んでいるようです。

「赤々」と「白々」は、少し違う?
「赤々」「青々」「黒々」のように、色の名前を繰り返す日本語について考えてみると、もうひとつ面白いことが見えてきます。
「赤々と燃える炎」には、赤という色だけでなく、光や熱、力強さまで感じられます。
「青々と茂る木々」には、色だけでなく、みずみずしさや生命力が感じられます。
ところが「白々と明ける」は、さらに少し違うようです。
そこに加わるのは、質感や生命力だけではありません。
「夜から朝へ」という時間そのものが見えてきます。
同じように色を繰り返しているのに、そこから生まれるものは同じではない。
日本語の繰り返し表現は、思っている以上にいろいろなものを描いているのかもしれません。
音はしない。でも、変化が見える
「白々」は、一般的な意味でのオノマトペではありません。
何かの音をまねているわけでもありません。
それでも、どこかオノマトペと似たところがあります。
同じ音を繰り返すことで、ただ「白い」と言うよりも、情景が生き生きと見えてくること。
しかも、そこにあるのは大きな動きではありません。
夜の暗さが、ほんの少しずつ薄れていく。
世界が静かに明るくなっていく。
音のない、とてもゆっくりとした変化です。
Puni Puni Dictionaryでは、こうしたオノマトペではないけれど、どこかオノマトペのような感覚を持つ表現「Almost Onomatopoeia」のカテゴリの中で紹介しています。
もし興味があったら覗いてみてください。
ブラウザの翻訳機能を使えば、日本語で表示することもできると思います。
次の夜明けに、思い出してみる
いつか早朝に目を覚まして、まだ暗い空を見ることがあったら、少しだけ眺めてみてください。
暗かった空が、ゆっくりと淡くなっていく。
朝が来る少し前の、ほんの短い時間。
そのとき私たちは、空の「色」を見ているのでしょうか。
それとも、「時間」を見ているのでしょうか。
「白々」という何気ない言葉を眺めてみると、
その境目は思っているより曖昧なのかもしれません。



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